この冬の青春18キップの最後の1枚を使って四国へ。
四国88ヶ所巡礼も今日が最後になります。
3年3か月前に始めて、途中コロナでペースが落ちましたが、いよいよ今日で88番まで回って結願の予定です。
広島県は今日からマンボウで、外出の半減が呼び掛けられてるけど、大目に見てください。



高松駅から琴電に乗り換えて、長尾駅からスタートし、まず87番 長尾寺、そして4時間ほど歩いて88番 大窪寺へ行き、帰りはコミュニティバスに乗ってJR造田駅から帰路につくというプランです。
帰りのバスに乗り遅れたら大変なので、少々急いで歩きます。


長尾寺は長尾駅から数分で到着。境内は広々としています。

最終日なので少し念入りにお勤めをしてから、気合を入れて、ほぼ南の方向にひたすら歩きます。


しばらくは町の中を歩き、やがて田畑が目立ってきます。
大窪寺までの「大窪寺道」は、一部区間が史跡に指定されており、石仏や石灯篭などが点在しています。




正面に前山ダムが見えてきました。
ダムの堰堤まで登れば、今日の行程の3分の1になります。

ダム湖の向こうには道の駅があって、近くに「へんろ資料展示室」がありました。

事務所で山道の状況を教えてもらったら、お接待のミカンまでいただきました
江戸時代のお遍路の資料などが展示されていて、ゆっくり見学したかったけど、いつかまた来ることにして先を急ぎます。

ここからの道は、山越えルートやバス通りルートなど4ルートに分かれるんだけど、大窪道を選択。

旧遍路道は、山の中を舗装された登り道がずっと続きます。




遍路墓がありました。
昔、遍路の途中で息絶えたお遍路さんを、住民が葬ったものです。
遍路墓は、せめて大窪寺の鐘の音が聞こえる地に葬ってあげようと、このあたりに多いのだそうです。
あと少しのところで息絶えたお遍路さん、さぞ無念だったことでしょう。

道は下りになって、県道と合流して、集落に出ました。
ちょっと寄り道して、1700年頃の民家で重要文化財の細川家住宅を見学。

さらに進むと、ちょっとした町になって、国道と合流。残り3分の1です。
ここからは、南に向かっていたのを左折して東へと向かいます。
国道を歩いたり、遍路道に入ったりを繰り返して進みます。
このあたり、丁石が点在しています。




結願の地が近づいてきました。



88番 大窪寺に到着しました。




多くの杖が奉納されていて、結願の地を実感。
でも、あまり感激しないのは何故だろう?
「終わった、もう四国に来なくていい」という気持ちよりも、「終わるのは嫌だ、また四国に来たい」という気持ちの方がはるかに強いです。

最後の納経を終わって、お寺を後にしました。

思えば、シングルマザーで苦労した妹が病死して、その翌週からお遍路を始めて、無事に結願しました。少しは供養ができたかな。
バスでJR造田駅まで行って、普通列車を乗り継いで広島に帰ります。ありがとうございました。
